私がMacを使う理由

   

私が、Macを使い出して、かれこれ6年以上経つだろうか。
初めて買ったのは、1998年ボンダイブルーの2代目iMac(OS8.5)であった。
それ以前にもNECのPC98やPC98noteを使ったことがあったのだが、仕事でもワープロしか使わなくなり、それっきりパソコンのことは自分の興味の範囲外にあった。
しかし、Windows95が発売され、一般にもインターネットが普及しだした頃、昔PC98でやっていたパソコン通信を思い出し、某国産Windows機を買った。
Windows機を使っていて不満だったのが、まず「日本語を話せ!」ということだ。
なにやら警告は出るのだが、言っていることが日本語になっていないので、どう対処して良いかわからない。
時には、「不正な処理をしました」などと不届き千万なことまで言い出す始末。
世が世なら間違いなく無礼打ちである。


そんな時、職場の先輩にMacを使っていたことのある人がいて、「Macを使ってみたら?」と言われた。
ちょうどiMacが発売され、一般の小売店にもiMacが並んでいたこともあり、展示品をいじってみた。
私は、展示品のiMacの前から30分は動かなかったろうと思う。
それは、初めての感覚だった、まるでPCいや、Macと話をしているような感覚に陥ったからだ。
疑問に感じたことは、「ヘルプ」をクリックしてキーワードを入力すると、懇切丁寧に順序立てて解説してくれる。
おまけに、私が考えていることを理解しているかのように適切なアドバイスをしてくれるのだ。
Windowsのように専門用語を並べ立てて、ユーザーを煙に巻くようなことは一切無かった。
私は、何やら嬉しくなってきて、あちこちのフォルダを開けたり、ソフトを起動して遊んでいたのだった。
実際、iMacを買って使ってみてまた驚いた。
Windows機であんなに苦労したインターネットへの接続が、ものの5分もしないうちにできたのだった。
同じPCなのに、Windows機での苦労はいったい何だったのだろうと馬鹿馬鹿しくなった。
今改めて考えてみると、Macはほとんどの設定が、2~3階層でできるようになっている。
つまり、設定画面から2~3回クリックするだけで目的の設定を終了することができるのだ。
Windows機のように、あっちをクリックして設定し、今度は、こっちをクリックして・・・
という煩わしさが無い。
本当にユーザーの立場に立って作られたPC。
それがMacだと思う。

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